モモ
原作:ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳『モモ』岩波書店刊
MOMO by Michael Ende
Stage rights arranged by AVA international GmbH, Munchen
through Iwanami Shoten, Publishers, Tokyo.
脚色・演出:棚瀬美幸
「時間がない」のは、なんでなの? ぬすまれた時間をとりもどすんだ!!
あらすじ
廃墟となった円形劇場に住みついた、粗末な身なりをした少女モモ。
街の人々は相談をし、モモの面倒を見ることになる。モモに話を聞いてもらうと硬くなった心が柔らかくなり悩みが消えていく……。不思議な力を持つモモは、街の人々にとってかけがえのない存在になっていくのだった。
そんなある日、街に「灰色の男たち」がやってくる。
「時間を節約して貯蓄銀行に預ければ、利子をつけて返す」と言う彼らの言葉を信じ、人々は時間を節約しようとして、人生を楽しむことを忘れてしまう……。
モモは、灰色の男たちに奪われた時間を取り戻そうと奮闘し―?。
スタッフ
- ドラマトゥルク/工藤琢人
- 美術/柴田隆弘
- 照明/福井邦夫
- 衣裳/植田昇明
- 音楽/魚谷尚代
- 音響/大西博樹
- 映像/サカイヒロト
- 制作/岡崎久美子
出演者
- モモ
- 掃除夫ベッポ
- 物語作家ジジ
- レストラン経営ニノ
- 子ども1、2
- 床屋フージー
- フージーの助手
- ニノの妻リリアーナ
- マイスター・ホラ
- 亀カシオペイア
- ビビガール人形
- 秘書
- 警官
- 運転手
- 客 1、2、3
- 灰色の男A、B、C、D、E
「モモ」演出者の言葉
「ねえ、そんなに急いで、どこへ行くの?」
棚瀬 美幸
「モモ」のテーマの一つは、時間である。
作品に登場する“灰色の男たち“のように、時間を管理し、無駄を省こうと効率ばかりを追い求めてはいないだろうか。私はなんだか耳が痛い。
モモは、現代社会に抗っている。いや、抗っているわけではない、社会がモモを敵視しているだけなのだろう。
モモの時間は、とても豊かだ。それはあるがままの子どもたちの時間である。大人は、豊かな子どもたちの時間を、「将来のために」と管理したがる。これまた耳が痛い。「モモ」の物語は、大人にとって耳の痛い言葉ばかりである。
舞台を創り上げていく時間は、とても豊かな時間である。創作の時間が豊かでなければ、舞台上に流れる時間が豊かではありえない。
楽しんでいる。本気で楽しむことこそが、豊かな時間を生きることに繋がると信じている。そしてそれが、「モモ」を届ける舞台人として必要な要素であると思っている。
「ねえ、そんなに急いで、どこへ行くの?」
いつもモモは私たちに問いかけている。
プロフィール
たなせ・みゆき
演劇ユニット「南船北馬」代表、劇作家、演出家。繊細さと情念的な強さを内包した作風で、社会的なテーマを下敷きにした作品を多数創作。
2006年8月までの1年間、文化庁新進芸術家海外留学制度により、ドイツ・ベルリンで研修。第7回劇作家協会新人戯曲賞大賞など受賞。2020年3月まで年間10年間、神戸学院大学非常勤講師を務める。2020年3月に大阪から石垣島へ転居。
エンデ研究家の言葉
『モモ』ができあがるまで
堀内美江
処女作『ジムボタンの機関車大冒険』が大きな人気を博し、一躍人気作家になったミヒャエル・エンデ。しかし、ファンタジー文学が「逃避」の文学と言われる当時のドイツ文学界で、その作品は話題にはなるものの、決して高い評価を得たわけではなく、子供向けラジオ劇用に書いた脚本『モモ』も、社会批判が含まれているという理由で、採用されませんでした。当時、その華々しい話題性とはうらはらに、自殺したいと考えるほど、エンデ氏は深く傷つき、絶望に陥っていたのでした。
その頃、彼はイタリアに移住することになります。ローマ郊外の、新しい仕事場の窓辺から、庭のニワトコの木を眺めると、彼の中にいつも、自由な創造の力が湧いてきたそうです。『モモ』が完成したのはこのイタリアの地。彼にとって『モモ』は、「イタリアへの感謝」でもありました。
この物語は、盗まれた時間を取り戻す物語、として知られていますが、エンデ氏にとっては、自由な精神を取り戻す物語でもあったのでしょう。人間の本質としての「自由」、それは目に見えるものではありませんが、希望や愛など、人間だけが感じ得る尊い感覚と同じく、人間らしく生きるための「楔(くさび)」なのでしょう。半世紀の間、大人から子どもまで、あらゆる層でこの物語が読み継がれている理由もまた、この物語に、「自由」の輝きを、感じているからなのではないでしょうか。
プロフィール
ほりうち・みえ
愛知県豊橋市生れ。シュタイナー教育を日本に紹介し、また黒姫童話館のエンデコーナー創設にも尽力した、故子安美知子早稲田大学名誉教授に師事。大学院在学中にドイツ・ミュンヘン大学へ留学した際、この恩師に連れられてエンデ氏と出会う。帰国後は、日本の黒姫童話館にエンデ氏自身が選んで送り続けた、2千点以上の私的資料整理を引き継ぎ、完成させた。その記録は『エンデの贈り物』(河出書房新社)として刊行されている。







